今帰仁城跡・平郎門、七五三の階段、大隅

平郎門(へいろうもん)

平朗門の写真

平郎門(へいろうもん)は今帰仁城の正門で、その名称は『琉球国由来記』に、「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」として登場します。現在見る門は、昭和37年(1962年)に修復(しゅうふく)されたもので、左右に狭間(はざま)があり、門の天井は大きな一枚岩を乗せた堅牢(けんろう)な作りとなっています。

今帰仁城跡:七五三(しちごさん)の階段

七五三(しちごさん)の階段の写真

平郎門から大庭(うーみやー)まで続く参道は戦前に地元民によって桜の植栽とともに直線道に整備されます。戦後まもなく米軍の車両が城内へ登ることから、戦災文化財の修理として文化財保護委員会の指導のもと、今見る階段の整備が行われました。

今帰仁城跡:大隅(うーしみ)

大隅(うーしみ)

平郎門を通り抜けて、大庭に向かって左側部分を大隅(うーしみ)と呼んでいます。現在蜜柑(みかん)や桜が植栽(しょくさい)され、城外に抜けられる洞穴もあり、面積はかなり広い郭(くるわ)の一つです。ここは、かつて「城兵達の武闘訓練の場」であったと想定されており、以前大量の馬骨が発掘された場所です。

城外への抜け道とされる大隅の洞穴

平朗門・七五三の階段・大隅の地図イラスト

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更新日:2024年01月09日