今帰仁城跡・主郭、火神の祠と山北今帰仁城監守来歴碑記

今帰仁城跡:主郭(しゅかく)

主郭(しゅかく)の写真

大庭(うーみやー)の東にある一段高くなった郭(くるわ)を主郭(俗称本丸)と呼んでいます。主郭には多くの礎石(そせき)が現存し、桜の植樹のためか、一部移動させられている石もあります。かつての建築物の形がいくらか想像できます。1982年から4年間、発掘調査が行われました。
発掘調査の結果13世紀終り頃から17世紀初め頃まで機能していたことが分かりました。監守引き上げ以降は火神の祠(ひのかんのほこら)が設置され、さらに来歴碑が建立され祭祀(さいし)を行う場として利用されています。発掘調査が完了し現在のように整備されました。

今帰仁城跡:火神の祠と山北今帰仁城監守来歴碑記

火神の祠と山北今帰仁城監守来歴碑記の写真

火神の祠(ひのかんのほこら)とその前に石灯寵(いしとうろう)4基と山北今帰仁城監守来歴碑記(さんほくなきじんじょうかんしゅらいれきひき)が立っています。火神の祠の建築年は不明ですが、今帰仁城監守が首里へ引き揚げた1665年頃に設置されたと考えられます。1713年の琉球国由来記や1742年の具志川家家譜(ぐしかわけかふ)の図に記されていることから、少なくとも17世紀頃には設置されていた事が伺えます。現在の火神の祠は戦後に改築したものを、整備事業に伴い移築し現在の位置にあります。碑は今帰仁王子朝忠(今帰仁按司十世宣謨)によって、乾隆(けんりゅう)14年に立てられています。乾隆14年は尚敬王(しょうけいおう)37年(1749年)にあたります。碑は現在今帰仁村歴史文化センターに保管展示されています。祠には、第二監守一族の火神が奉(まつ)られ、旧暦8月10日には今帰仁ノロ以下の神人(かみんちゅ)が城ウイミの祭祀(さいし)を現在も行っています。また、今帰仁上りの重要な拝所として参詣者が絶えません。
(県指定有形文化財平成14年1月18日)

火神の祠と山北今帰仁城監守来歴碑記の写真
火神の祠と山北今帰仁城監守来歴碑記の地図イラスト

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更新日:2020年10月19日