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世界遺産 今帰仁城跡:志慶真門郭、志慶真門跡、水揚げ場の跡
[世界遺産 今帰仁城跡:項目]
1:今帰仁城跡想像図
 2:平朗門 3:七五三の階段 4:大隅 5:御内原 6:大庭 7:神ハサギ跡 8:カラウカー 9:ソイツギ 10:テンチジマチジ 11:主郭 12:火神の祠と山北今帰仁城監守来歴碑記 13:志慶真門郭 14:志慶真門跡 15:水揚げ場の跡 16:石垣 17:カーザフ 18:旧道 19:外郭 20:古宇利殿内火神 21:ウーニー 22:今帰仁城跡周辺遺跡
◆今帰仁城跡:志慶真門郭(しじまじょうかく)
志慶真門郭(しじまじょうかく)
志慶真門郭(しじまじょうかく)は城跡南側、主郭より一段低いところにあります。ここは今帰仁城の裏門にあたり、戦略上重要な所であったと思われます。城壁は原形に近い形で残っており、築城技術を知る上で重要な場となっています。この郭(くるわ)は昭和55年〜57年(1980年〜1982年)に発掘調査が行われ、埋もれた階段や石畳道、段々畑のように宅地造成された平場やそこに築かれた建物跡がいくつか発見されました。現在そのうち4棟の掘立柱建物跡の遺構を表示しています。建物は約6メートル×4メートルの広さで中には炉跡も確認されています。城内の重要な郭の一つで、按司(あじ)の家臣たちが生活した場所と考えられています。発掘調査では多くの遺物が出土しており当時の生活の様子が伺えます。
◆今帰仁城跡:志慶真門跡(しじまじょうあと)
志慶真門跡(しじまじょうあと)

志慶真門郭(しじまじょうあと)の南側に城壁が途中で繋がらず崩れ落ちているところがあります。これが門の跡です。志慶真門郭の南側に志慶真ムラ跡があります。『琉球国由来記』には「本部大原、裏門、志慶真門郭ヲ守護シタル」として登場、かつて城門は木造の供門(きょうもん)がのっていたと推定されます。
イメージ図
◆今帰仁城跡:水揚げ場の跡
水揚げ場の跡この城は標高約100メートル、古期石灰岩(こきせっかいがん)のほぼ独立した丘の上にあります。そのため、城内の生活用水については不便であったとされています。地元の古老によると、志慶真川から急な崖を登って水をかつぎあげたといわれています。実際、志慶真門郭の北東部には水揚げ場跡が残り、石垣は志慶真川に突き出すようにして積まれています。現在では石垣の崩壊も著しく元の形はわかりませんが、今後の調査の成果が期待される地区の一つです。
今帰仁城跡
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